葵の上(あおいのうえ)

【歌詞】三弦三下り 箏低平調子

三つの車に法の道 火宅の門をや出でぬらん 実に世に在りし古は 雲上の花の宴 春の朝の御遊に慣れ 仙洞の紅葉の秋の夜は 月に戯れ色香に染み 華やかなりし身なれども 衰えぬれば朝顔の 日影待つ間の有様に ただ何時となき我が心 物憂き野辺の早蕨に 萌え出で初めし思いの露 かかる恨みに憂き人は 何を嘆くぞ葛の葉の 縺れ縺れてナ 逢う夜はほんに憎や 憎やは鳥鐘ばかり 他に妬みは無きそな鳴きそ なんなん菜種の仮寝の夢に 我は胡蝶の花摺衣 袖にちりちり露涙 ぴんと拗ねても離れぬ番い 誠に離れぬ番い 辛気昔の仇枕 この上はとて立ち寄りて 今の恨みは在りし報い 瞋恚の炎は身を焦がす 思い知らずや思い知れ 怨めしの心やな あら恨めしの心やな 人の恨みの深くして 憂き音に泣かせ給うとも 生きてこの世に在しまさば 水暗き沢辺の蛍の影よりも 光君とも契らん 妾は蓬生の 元あらざりし身となりて 葉末の露と消えもせば それさえ殊に怨めしや 夢にだに返らぬものは我が契り 昔語りとなりぬれば 猶も思いの増澄鏡 その面影の恥しや 枕にたつる破れ車 打ち乗せ隠れ行かんとぞ 云う声ばかりは松吹く風 云う声ばかりは松吹く風 覚めて儚くなりにける

解説

【曲 種】地歌・端歌物・謡物・怨霊物

【作詞者】不詳 『源氏物語』「葵の上」の巻を原拠とする同名の能より取材 その前段「六条御息所の怨霊の出」のクドキの途中から「枕の段」を取捨選択して加筆した詞章

【作曲者】木の本屋巴遊 箏手付河原崎検校)

【初 出】『大成糸の節』(1794) 河原崎検校の箏譜は『千重之一重』(1833)

【調 弦】三弦三下り 箏低平調子

皇太子妃時代の六畳御息所は、四季折々の御遊を楽しむ華やかな身であったが、皇太子の没後は日が昇ると萎れる朝顔の様で、親しくなった光源氏とも賀茂の祭の車争いで辱めを受けた上に疎遠となる。その恨みと嘆きが憎悪となり生霊となって、産褥の源氏の正妻葵上を襲う。梓巫女の鳴らす弓音に引かれて姿を現した生霊が、祈祷の力で松風の音と共に去っていく様子を歌う。“縺れ~昔の仇枕”は、謡曲から一転して世話に砕けた地歌独自のクドキの挿入句。

【引用】地歌筝曲研究

①演劇出版社に掲載された地唄舞に関する資料からの引用

②各演目の舞の心得(お家元様)

③扇、衣装、かつらetc

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