桶取り

作詞作曲 中村梅玉(三代目中村歌右衛門)

明治三(1870)年刊 [新うたのはやし]初出

歌詞

捧げぬる 水にもうつるおぼろ月 影はずかしき後髪

慕いよるべの常陸帯 結び留めたき心根を しるす姿の

なあ踊り手 契りおおせて古き身の 恨みを汲むや桶取り

恨みを汲むな桶取りよ

解説

三下り。中村梅玉(三代目中村歌右衛門)作詞作曲。明治三(一八七O ) 年刊『新うたのはやし』初出。壬生狂言の「桶取」に拠った曲。左手の指が三本しかない若く美しい白拍子が尼ヶ池の水を桶に取って壬生地蔵へ日参していると、大尽が見初めて2人は懇ろになる。 懐妊中の大尽の本妻は嫉妬に狂い、二人が逃けた後、自分の不器量を歎き、むなしくなるというのが原作である。「桶取」 は現存する約三十曲の壬生狂言中でも古く、別格に扱われている。地唄の「桶取り」に移されたのはこの曲の前半部分で、白拍子の捧げる水桶をモチーフとしながら、二人が互いに心引かれて行く様と本妻の嫉妬が描かれている。まず「捧げぬる」との水の奉納から、その水に映る月影、互いを思う面映ゆさが歌われ、そこへ常陸帯(腹帯)を巻いた本妻の登場となる。最後は、二人がこれからも連れ添って行くことを示しつつ、桶にちなみ、本妻の怨みを汲むことよと歌い納めるのである。総じて心理表現の多い深長な歌詞となっており、同じ壬生狂言「桶取」に取材した世話風の上方唄「三国一」とは好対照である。地唄のなかでは特に古い曲ではないのだが、原作の壬生狂言に基づいた振りの影響か、古風で地唄らしいと考えられ、枯淡な味わいのある名曲である。舞は、おぽろ月夜に水を汲む美女と言い寄る大尽の舞い分けが要求され、その上で、原作の壬生狂言の持つ、古風で大らかな情景が表されなければならない。壬生狂言の型が振りに取り入れられており、例えば、白拍子が三本指で水桶を高く捧げ持つ型も扇を桶に見立ててうつされているし、大尽が女の尻を傘でつつく箇所も、掌を下にさし出す振りとなり残っている。しかし、いかにも壬生狂言らしい、こののどかな型も、決して世話がからず、格調高く優美な舞に仕上げなければ、この曲の奥深い味わいが損なわれてしまう

演劇出版社日本舞踊曲集成より引用