珠取り

歌詞

迷い迷いて讃岐がた  しどけなりふり志度の浦  深き心は真珠島 彼(あ)の水底(みなぞこ)はわだつみ

に  取られし珠を返さんと  海士の里に寄る君は  位も高き紫の  色を隠して身をやつし 賤しき

海士の磯枕  妹背言葉に末かけて  女命捨て小舟(どころ) ひとつの利剣を抜きもって 彼の海底に

飛び入れば  空はひとつに雲の波  煙の波をしのぎつつ 海(かい)漫々と分け入りて  直下と見れど

も底もなく 取得んことは不定なり 我れは別れてはや行く水の  波の彼方(あなた)に我が子やあるらん

父大臣もおはすらん  涙にくれて いたりしが また思い切りて手を合わせ  南無や志度寺の観音薩

埵(さった)の 力を合わせてたび給えとて   大悲の利剣を額にあて 竜宮の中へ飛び入れば  左右にぱ

っとぞ退いたりける その隙に宝珠を盗み(奪い)取って  逃げんとすれば  守護神追っかく かねて企(

たく)みしことなれば  乳(ち)の下を掻き切り  珠を押し込み 剣を捨ててぞ伏したりける  竜宮の

ならひに死人を忌めば  あたりに近づく悪竜なし 約束の縄を動かせば  人々喜び引き上げたる

   珠は知らず海人は  海上に浮かび(み)出でにける かくて浮かびは出でたれども  五体続かずあ

けになりて  主は虚しくなりにけり 宝珠はなんなく取り上げて  納まる国の氏寺や  うじの長者

の御世継ぎ その名もここに  房崎の御身の母は我なりと   言ふ声ばかり面影は 波にゆられて 入り

にける

解説

この曲は、能の「海士」から歌詞を借りて地歌に移した本行ものと言われる作品ですが、そのもとは、「

讃州志度寺縁起」より取材されています。 藤原淡海公(不比等)が、唐土から贈られた宝珠を持ち帰る

途中、志度の浦の沖で宝珠を竜神に盗まれてしまいます。淡海公は、この浦の海女(あま)と契り、その

子を世継ぎにする約束をもとに、海女は海中深く分け入って悪戦苦闘の末、宝珠を奪い返し、追いかけて

くる守護神から宝珠を守るため自分の乳の下をかき切って隠し、海上に浮かび出て無事宝珠を手渡します

が、その時に海女は息絶えるという悲話が筋となっています。 地歌では、約束通り藤原三代の房前(ふ

さざき)となった息子が母の供養に志度の浦を訪ねると彼の前に母の亡霊が現れ、宝珠を奪い返した時の

物語をするという設定になっています。前半が我が子にひかれて手籠を持って現れる母の亡霊の悲しさと

喜び、後半は、宝珠を奪い返す語りでの母の情念の激しさが中心となります。