義太夫「巴義仲物語」  

歌詞

【素浄瑠璃】

伝え聞く、源平の物語。

武蔵に在りし源(みなもと)ノ駒王丸(こまおうまる)、源ノ義賢(よしかた)の次男な

り。しかるに義賢は、去(さ)ンぬる久寿(きゅうじゅ)二年葉月、内輪同士の争いにて

、甥の、悪源太義平(あくげんたよしひら)に討たれける。遺児となりし駒王丸、未だ二

歳のいとけなさ。されば斉藤実盛が計(はから)いにて、信州木曽で信義ある、中原兼遠

(なかはらかねとう)に預けらる。

時移り、駒王丸、兼遠が養育にて十三の歳を迎えける。容儀(ようぎ)優れて剛胆な、若

者に成りぬれば、

「吾が先祖、八幡太郎義家の跡は、我が追うべし」

とて、木曽八幡宮にて元服なし、木曽ノ次郎義仲とぞ名乗りける。やがて噂は伝わりて

「信濃には、木曽義仲という源氏在り。」

と、広くその名ぞ知られける。

去る程に、平家一門の振る舞い目に余れば、後白河の第二皇子(おうじ)以仁王(もちひ

とおう)、平家を追討せんものと兵を挙げ、令旨(りょうじ)を源氏に下しける。伊豆に

在りし源ノ頼朝これを受けて兵を挙ぐ。木曽義仲も呼応して旗を挙げ、加わる身内は義父

の中原兼遠、義兄弟の手塚ノ太郎、樋口ノ次郎、今井ノ四郎、いずれ劣らぬ勇者なり。加

えて巴は麗しく、されど聞こえし女武者、打ち揃いてぞ鬨(とき)の声。

越中は砺波(となみ)山、倶利加羅(くりから)谷に夜討ちをかけ、平ノ維盛を討ち破り

、義仲勢(ぜい)は時を得て、追って都へ攻め上る。

北陸道(ほくろくどう)、加賀越前を越え来れば、やがて近江の琵琶の湖(うみ)。東に

伊吹山、西には比良山、比叡の麓も近づけば、三井寺の鐘や聞こゆらん。ここ逢坂の関越

えて、はや、都にぞ入りにける。寿永二年のことなりし。

先陣切っての都入り、驕る平家を西海へ。功一番の義仲は、都ぶりに途惑(とまど)いて

、荒々しく振る舞えば、公家ら女官の陰の声。

「都知らずの山育ち、木曽の輩(やから)は狼藉者。」

と、口を揃えて罵りぬ。

折からに、「木曽を討て」との宣旨あり。頼朝義経勅使を受け、同じ源氏でありながら、

敵対するこそ哀れなり。

地唄舞『巴別離』

年は明け、寿永三年と改まる。

鎌倉勢の義経らに、追い詰められて木曽義仲、主従わずか只の五騎、琵琶の湖畔粟津(あ

わづ)ノ浜、暫(しば)し休らう松原に、比叡おろしの風寒く、松籟(しょうらい)の音

いと淋(さみ)し。五騎の内には女武者、巴も在りてかいがいしく、義仲の身を労(いた

)われり。

義仲巴にうち向い。

「ここまでは来たなれど、最早、運命覚束なし。巴はこれより早々と、何地(いずち)へ

なりと落ち延びよ。」

と言いければ、巴はひどく、うち嘆き、

「主従三世とあるならば、巴は尚も御供(おんとも)せん。聞きとうも無い、その御言葉

(おことば)、共に共に、」

と励ませば、義仲尚も言葉を次(つ)ぎ、

「木曽義仲は最後まで、戦に女を連れしなど、言われんことも口惜(くちおし)し。吾を

思う心があるならば、後生の弔(とむらい)頼みたし。」

と、形身に小袖と肌守り、巴の手にぞ託しける。

来世の供養と諭されて、女武者は目に涙。後ろ髪引かるゝ思い断ち切って、涙を払い別れ

行く。

折しも聞こえる追手の声。去り行く巴を目敏(めざと)く見つけて追って来る。

「あれは巴か、女武者。」

それ討ち取れと、迫り来る。

追手の中より声あって、

「我こそは、武蔵の国の住人、御田(おんだ)八郎師重(もろしげ)なり。いざ見参。」

と名乗りける。師重は鎌倉方の剛の者。

「巴が最後の働きなり。木曽殿、笑覧(しょうらん)あれかし。」

と、巴は打ち物うち捨てて、師重に跳び付きざまに組み敷いて、素手にて首を捩(ね)じ

切れば、気迫に押されて追手ども、鬼女だ鬼女だと散って行く。

巴は静かに物具(ものぐ)を脱ぎ、義仲の形身をひしと抱(いだ)き締め、行方いずくと

、落ち行けり。

地唄舞『巴懺悔』

早、神無月となりにける。

海辺離れて北陸路(ほくろくじ)、木ノ葉色づく山裾の賤(しず)が庵(いおり)の主(

ぬし)や誰。虫の鳴く音にうち交り、読経の声に鉦の音。南無、観世音菩薩、念彼(ねん

ぴ)観音力。姿は有髪の尼僧にて、木曽一族を弔うは、巴の末と知られける。煩悩包む墨

染が、身に馴染まぬも道理なり。

夜毎(よごと)々々に見る夢は、脳裡(のうり)に染みて消え去らぬ、修羅の巷(ちまた

)のせめぎ合い。追討平家が筋なれど、如何なる事か筋違い、源氏同士が敵味方、縺(も

つ)れ絡(から)まる綾(あや)糸の、解けぬ戦の恨み事。

思い返せば睦月の末、粟津(あわづ)ノ原に討死(うちじに)と、覚悟を決めし義仲の、

あの眼差しが忘られず。幼き頃より共に居て、心通いし御方(おんかた)の、小袖に残る

移り香に、心乱れる迷い道。知るべ便りて佛道へ、入りてぞ願う心の安堵。遅き手習い写

経の筆、一字書いては筆を止め、一行写して慚愧(ざんき)の涙。去り行き人の面影が、

朧(おぼろ)々に浮かみ出る。病むる心ぞ悲しける。

俄かに降り来る村時雨、晴れても悟りの道遠く、庵主(あんじゅ)の読経や続くらん

解説

義太夫で作られた作品です。

作詞 千野喜資 ・作曲 鶴澤三寿々・作舞 花崎杜季女

巴御前の物語を、後日譚も含めて描いています。

源平の戦いの中、木曽義仲は、味方である源頼朝の勘気をかい、追討の院宣を受け敗退。

共に戦った愛妾巴と粟津が原で別れて、松原で死ぬのですが、生き残った巴の心の葛藤を

中心に描いています。